三題噺
『遠い日にクジラの影を見て』
作・柴井貫喜常
作・柴井貫喜常
昔からハッピーエンドが好きで、救いのない話が嫌いだった。みんなで何かを救い出して、みんなで喜びを分かち合う話が好きだった。誰かが犠牲になったまま終わる話がとてもとても嫌いだった。
この街に越してきて、仕事を始めて、もう数年経つ。
好きでもない上司に付き合わされて、好きでもない酒を飲まされ、好きでもない写真を撮られて、それをインターネットにアップされる。
同期は昇進に必死で、上司に媚を売って、でもそれがなんだかんだ一生懸命にも見えて、自分と比べてしまっていやになる。
雨の降る帰り道を、傘をさすのもばかばかしい気持ちでトボトボ歩いて帰る。
明日も早い。帰ったら、寝るだけ。洗い物のないことだけが気を楽にしたが、飲み疲れているから採算は取れない。
テレビをつければ暗いニュースばっかりだ。どこかの大学のアメフト部がルール違反のタックルをしただの、アイドルのセクハラがあっただの、どこかの誰かが殺人犯の気まぐれで命を落としただの……。チャンネルを変えたって同じ。内容は違うけど、暗いこと言ってるのは同じ。星占いだってビリばっかり。テレビの電源を落とすときにせいせいした気持ちになるのは、だいぶ心をやられてる。
こんなつもりじゃなかった。大人になれば、勝手に夢が叶って素晴らしい人間になっているような気がしていた。今頃恋人と結婚の話をしていて、ハネムーンはどこに行きたくて、子供は何人ほしいとか話してて……。
でも、なるべくしてこうなった感も否めない。思い返せば、小学校のころの夢は警察官で、でもそれは人助けをする何者かになれば、親や先生が喜んでくれるからだとか、そういう動機だったように思う。
今だって変わっていない。怒られたくないから、それらしいことを言って自分を繕うことばかり。自分が、自分のままではだれにも褒められないような気がして、いつもいつも誤魔化して、見え張って、そればっかり。
だから、ずっと好きだったものってあんまりない。煌めいてる人の真似をして、音楽をやってみたり、絵をかいてみたり、ダンスなんか踊ってみたりしたけど、今やギターは押し入れの奥で眠ったまま、筆は乾いたまま、シューズはピカピカに洗ったきり。
自分が好きなもの、何か一つくらいはあったはずなのに、それが思い出せなかった。
でも悔しいと思う気力もいつしか、枯れてしまおうとしていた。
田舎から母が訪ねてきた。古びたご自慢の鍋を抱えて。
母の得意料理は肉じゃがで、小さいころから好きだった。母曰く、にくじゃがだけは父の胃袋をひっ捕まえるためにものすごく練習したのだという。
実際、夕飯はにくじゃがだというと父がうれしそうな顔をしていたのを今でもよく覚えている。でも、ほかの料理はあんまり上手じゃない。
食事はいつも適当に済ませているから、積極的にものを口へ入れたのは久々な気がした。懐かしい味の肉じゃがを頬張りながら、母と他愛もない話をする。
「別に頑張んなくたっていいのよ。あたしは好きなもののためにしか頑張れないし」
いたずらっぽく笑う母は、なんだかかっこよくて、いやにまぶしく見えた。
母が帰った翌朝。雨上がりの空に浮かんだ雲は、大きなくじらが泳いでいる姿に見えた。それは自由そのものの象徴といった趣で、気づけば思わず、手を伸ばしているほどにきれいだった。
そういえば、父に昔連れて行ってもらった海で、遠い沖合にくじらを見たことがある。おおはしゃぎして、飛び跳ねて、海に落ちたところまで、よく覚えている。
なんだかそういう、「美しいもの」「珍しいもの」を探すのが、昔はとても好きだったような気がして、全身が探求心にざわめいてくるのを感じた。
母が置いて行ってくれたのは、父がお土産にくれた地元で人気のケーキ。別に高いものじゃない。でも、朝食にそれを食べたとき、忘れていた懐かしい気持ちが溢れてきて、何かをやり直せるような気がして、不思議と涙が零れた。
これからどうなるかなんて知らない。でも、自分が好きだったものをもう一度思い出してみようと思う。自分ばっかり損してるような気分から、解き放たれてみようと思う。だから、偉そうに「退職願」なんて書いた紙きれを未来への切符にして、私はもう一度好きでもない会社へ歩いていく。
空は晴れていた。雲のくじらは、気ままに泳いで青い空の向こうへと消えていった。
おわり
柴井貫喜常 vs. 井上大輔(淡水/足一)による即興小説ゲームログ
司会:羽彩兎(KindControl)
今回のルール
・二人で交互に小説を書いていく。
・起、承、転、結 のうち、先攻が起と転を、後攻が承と結を書く。
・時間は2分半を一ターンとする。
・勝敗は観客の挙手により決める。
観客に頂いたお題
ジャンル:ミステリー
お話:熱くなれる
キーワード:名探偵コナン
先攻・井上大輔
俺の名前は魂十郎。探偵だ。
そう、名前の通り、魂を熱く、燃やして、そうして推理するスタイルだ。
今日は真冬のペンションに閉じ込められた。これは、、、怪しい。なぜなら、電話線は切られ、一本だけの橋は燃えておち、まさに陸の孤島となったからだ。
これは事件の匂いがする、、、。
若い女子高生、メガネをかけた小学生、怪しい私立探偵を名乗るおっさん。
怪しい。
と、思ってたときに、事件は起こったのだった!!!!!!
後攻・柴井貫喜常
ペンションに蓄えられていたお米がなくなってしまったのだ!!
「これは困りました、助けが来るまでは時間がかかりますよ」
人々をロビーに集め、情報収集をする。
小学生はキョロキョロ周囲を見回し、女子高生は謎の覇気を放ち、私立探偵は暑苦しく筋トレに励んでいる。
私立探偵は私の所見を訪ねてくる。
「あなたも探偵と聞きました!どうか思ったところを聞かせてくださいフンフンフン!」
鼻息がうるさい。
「所見と言っても、まだ……」
「なにィ、熱意があればなんでも見えてくる!お米を食べるんだ!」
「その米がないって言ってるのに……」
小学生のメガネが光った。
先攻・井上大輔
「あれれ~おじさぁん」そう、小学生が声をだす。
私はまだ30だ。おじさんではない。
「おじさん、おかしいなぁ、なんだか醤油の匂いがするよ?」
「……!!」
私は、目を見開いてしまった。
なぜ、なぜそのことを。
彼はさらに鋭く攻め立てる。
「醤油、そして、お米。ここから導き出せるのは、、、なんだろうなぁ」
こいつ、わかっている。
私が焼きおにぎりを好きなことを、そして、、、。
しかし!
「しょ、証拠がないぞ!」
「へぇ、おじさん、その口についた米粒は何?」
そうして、事件は、終結した。
と、思われた。
後攻・柴井貫喜常
私はまだあきらめなかった。その場で腹筋運動を繰り広げる。
私立探偵が私を見てピンときたらしい。
「そ、その動きはまさか、魂十郎先生!?」
そう、私は魂十郎。運動能力を極限まで発揮することで、事件を解決してきたのだ。
そして腹筋運動はピークを迎える。腹筋がアツく発熱し、そして火の粉を吹き出す。
ペンションは全焼した。
「さて、証拠はなくなりましたね」
小学生は悔しそうに歯を食いしばっている。私立探偵は私にサインを求めてくる。
そういえば橋を落としたのも私だったな。結局事件は迷宮入り、真実はいつも闇の中。
――迷探偵・魂十郎。
おわり
観客の挙手投票の結果、柴井貫喜常の勝利!
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